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魚のスレを科学する5 野生のイワナ 大物ほど釣りやすい?

魚のスレを科学する5 野生のイワナ 大物ほど釣りやすい?

「大きな魚を釣りたい」

釣り人なら誰しも抱く夢だろう。都会暮らしで身近に釣り場の無かった私もそうだった。釣りに興味を持ち始めたばかりの小学生時代の私を魅了したのは、画面の向こうに広がる「海」にひそむ「ぬし」と呼ばれる巨大な魚たちであった。魚の習性をかなり忠実に再現した釣りゲームに没頭した。魚図鑑を読み込み、あれこれ考えて試行錯誤を繰り返しながら、画面の中で釣り三昧の日々を過ごしていた。

今は、研究のために釣りに行くこともしばしばあるのだが、大物を狙ってさんざん頭を捻ったあの頃の体験が今の研究にも生きているなと感じられると、やはりうれしいものだ。

自然ならどうなのか?

さて、前回までは、実験環境の魚で釣れやすさを調べた事例を紹介してきた。どんな要因が釣れやすさを左右するか厳密に見極めるには、条件をきちんと揃えて検証できる実験が必須だ。とはいっても、自然の海や川、湖を自由に泳ぎ回っている魚ではどうなのか?というのは、釣り人なら気になるだろう。今回は、野生の魚を相手にした数少ない研究の1つ、自然の川でイワナの釣れやすさを調べた事例を紹介しよう。

坪井ら(2002)は、北海道南部で山間に分け入り、釣り人のほとんど訪れない渓流で、イワナの採捕調査を行なった。堰堤や滝で区切られた500–700メートルの区間を4か所選び、日の出から昼頃までイワナを釣ったあと、電気ショッカーで残りのイワナも気絶させて全て捕まえた。イワナには標識をつけて放流し、およそ50日後に2度目の調査をして、1度目に釣り上げられてリリースされた個体の釣れやすさを調べた【図A】。

一筋縄ではいかない驚きの結果が…

すると驚いたことに、1回目に釣れた魚と釣れなかった魚で、2回目の釣れやすさに差はみられなかった【図B】。つまり、「釣れやすい魚は続けて釣られる」とする個体差説も、「1度釣られた魚は2度目以降釣れにくくなる」とする学習説も、当てはまらなかったのだ。これまで紹介してきたように、魚の釣れやすさは魚種や、個体ごとに違いがあったり、空腹度合いによっても変化する可能性があり、単一の要因だけでは決まらない複雑なメカニズムをもつと考えられる。室内実験で、ひとつひとつ地道に調べ上げて分かってきたこともあるが、やはり自然状態で暮らす魚たちの行動にはまだまだ謎が多く、一筋縄ではいかないということだろう。

ちなみに今回の調査では、大きな魚ほど釣れやすく、50日間での成長率も高かった。イワナをはじめとするサケ・マスの仲間は、大きい個体ほどエサの多く流れてくる場所に陣取ることができ、エサを巡る争いに勝ってより頻繁にエサをとることができる。成長率の高い、大きなイワナほど釣れやすかったのは、これが原因かもしれない、と筆者らは結んでいる。

「調査中の23日間、人に会わず」

大物ほどスレて釣りにくい、というのはよく聞く話で、釣り針を学習し、数々の試練をくぐり抜けた個体ほど、釣られずに大きく育つという側面はあるだろう。しかし筆者らによれば、調査を行なった23日間で一度も他の釣り人に会わなかったとあり、この沢のイワナは「全くスレていなかった」と予想できる。釣りに来る人もなく、イワナ同士が日々エサを巡る争いを繰り広げている山奥の渓流。「釣り人の来ない場所こそが、大物釣りの最高のスポットである」というのは納得なのだが、同時に、その川の「ぬし」があまり簡単に釣れてしまっては面白くないな、とも感じてしまうのは、身勝手な感想だろうか。

参考文献

坪井ほか(2002)キャッチアンドリリースされたイワナの成長・生残・釣られやすさ.日本水産学会誌 68: 180–185.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/68/2/68_2_180/_article/-char/ja/

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。
専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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