魚のスレを科学する4 腹ペコなサカナは釣りやすいのか?

魚のスレを科学する4 腹ペコなサカナは釣りやすいのか?

年末年始に、普段はあまり観ることのないテレビをつけてみると、グルメ番組が流れていた。次々に映し出される美味しそうな食べ物の映像は、食後に観る分にはなんともないのだが、空腹時には、食欲をかき立てられる。「空腹は最高のスパイス」というように、食べ物への感覚が自身の食欲によって変わるというのはなかなか興味深い。

釣りは、魚からのエサ(=食べ物)の見え方をうまく操作することで、魚をだまして捕まえる営みでもある。連載第1回(魚のスレを科学する1 釣りにくい魚、釣りやすい魚)では、個体ごとの”食い意地”の違いが、釣られやすさの個体差として現れた例を紹介した。魚たちも当然、空腹になる。空腹の魚ほど、釣れやすいということはあるのだろうか。

“満腹”なサカナはエサを見極める

米山ら(1996)の実験では、空腹度の異なるニジマス Oncorhynchus mykiss を2つの実験池に収容し、2–4人で昼間に釣りを行なった。実験に先立ち、池にいる魚の半数を事前に釣り上げて元に戻し、釣られた経験をもつ魚ともたない魚が半々になるようにした後、2回の実験を行なった。得られた結果を元に、実験の3日前までエサを与えたグループ(K群)と、実験の10日前から絶食させたグループ(Y群)で、個体ごとの釣れやすさや、釣り針学習の有無を比較した。

エサを十分に与えたK群では、何度も繰り返し釣れる魚と、一度も釣れない魚がそれぞれ多くの割合でみられた【図A】。実験後に全個体にペレットエサを投与したところ、多く釣られた個体とそうでない個体の間で、食べたエサの量に違いはなかった。このことから、空腹度が同じ魚同士でも、釣れやすさに個体差があるとわかる。

釣りの最中、ニジマスの動きをよく観察していると、エサの近くまで寄ってきても、くるりとそっぽを向いて泳ぎ去る行動がたびたび見られた。このようにエサを見極める「警戒行動」の相対的な強さが個体によって異なる結果、釣れやすさにも違いが出たと考えられる。

“腹ペコ”だと、飛びつくけれど…

一方、エサを与えなかったY群では、釣れやすい魚・釣れにくい魚といった区別は見られなかった【図B】。なぜ、空腹度の高いグループでは個体差が消失したのだろうか?

エサに食いつくニジマスの行動を観察すると、どの個体もためらわずにエサに飛びつくことが多かった。本来釣れにくい魚も、強い空腹のために警戒行動が薄れてエサに飛びついたため、個体差が見出だせなかったと考えられた。

なお、エサを与えなかったY群では、どの魚も、一度釣られると二度目以降は釣れにくくなった【図B】。釣れやすさに個体差がない代わりに、釣り針学習が生じたのだ。本来ならば何度も針にかかってしまう釣れやすい個体も含め、たった一度で釣り針を学習したのは、空腹という危機的状況にさらされていたために、釣られた体験を強烈に記憶したのかもしれない。

チャンスは短期間?

一般に、エサの少なくなる時期は空腹の魚が多いため、狙い目のはずだ。しかし、針がかりする確率も上がり、釣り人が多くなれば、短い時間で釣れにくくなると予想できる。一度釣り針を学習した魚が、長期にわたって警戒心を強める(魚のスレを科学する2 魚は”釣られた経験”を記憶している)ことも考慮すると、エサの少ない時期だからといって、必ずしも釣れやすいとは言いきれないかもしれない。最終的には、いかにかれらの警戒をかいくぐり、エサを「自然で」「美味しそうに」見せるかが、釣果を左右するのだろう。

ヒトも同じかも…

以前、旅先で昼食のタイミングを逃し、空腹に耐えきれず飛び込んだレストランで頼んだメニューが「ハズレ」だった時に、かなりのショックを受けた。それ以来、たとえお腹が空いていても慎重に店選びをすることにしているのだが、今でも時折、きらびやかな宣伝につられてふらりと、大して吟味もしないまま店に入ってしまうことがある。もちろん旨い店もあるが、期待外れで、後悔することもしばしばある。

命がけでエサを取っている魚たちからすれば、気軽な人間の食事と一緒にするな、と言われるかもしれないが、美味しい食事が半ば生き甲斐の私のような人間にとっては、同じくらい大問題なのだ。そんなことを考えつつ、水槽をのほほんと泳ぎまわる魚たちに毎日エサをやっている。

参考文献

米山ほか(1996)ニジマスの釣られ易さの個体差と釣り針回避学習に及ぼす無給餌期間の影響.日本水産学会誌62: 236–242.

https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/62/2/62_2_236/_article/-char/ja/

書いた人

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。
専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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