魚のスレを科学する9 魚の「スレ」に初めて気づいた男たち

魚のスレを科学する9 魚の「スレ」に初めて気づいた男たち

魚がいるのに釣れない「スレ」をとりあげた本連載も9回目。あいだに季節柄の話題や、釣り人のみなさんの疑問に答える記事をはさみ、3ヶ月ほど空いてひさびさの更新だ。

この連載では、「なぜ釣れないのか?」をさまざまな視点から検証した過去の学術論文をひとつずつ紹介してきた。今日は一度原点に立ち戻り、魚の「スレ」現象を初めて科学的に”発見”した論文を紹介しつつ、これまでの記事も振り返ってみたい。

おさらい:「スレ」とは?

はじめに、魚の「スレ」とはどういった現象を指すのか、おさらいしてみよう。まず、魚がどれだけ釣れるかは、そこにいる魚の数に大きく左右される。たとえば、2つの池の一方に2倍の魚がいれば、釣果に2倍の差が出るだろう。このように、魚の釣れる数は、そこにいる魚の数に比例するのが基本だ

これに対し、魚がいる「のに」釣れないという矛盾が、魚の「スレ」に相当する。たとえば、魚の数は変わっていないはずなのに釣れる数が減る(釣り堀を思い浮かべて欲しい)、あるいは、魚の減り方に比べて、釣れる数の減り具合が早い、といった場合に、「スレ」現象が発生していることが考えられる。これを確かめるには、釣れる数の変化だけではなく、そこにいる魚の数の変化も同時に知る必要がある。今回は、この「魚がいるはずなのに釣れない」という現象を、科学的な手法で初めて定量的に示した事例について紹介する。

釣るとスレるが、張り網ではスレなかった

米国ミシガン州に位置するFord湖とHemlock湖は、マスを狙う多くの釣り人で賑わう、一周数百メートルほどの小さな湖である。この2つの湖では、毎年秋に数千尾のブルックトラウト(カワマス)を放流しているが、どれだけの数が釣られずに翌年まで残るかは不明だった。そこで、1956年の釣りシーズン終了後、湖に残っているマスの個体数を推定する調査が行なわれた。

個体数の推定には、標識再捕獲法という手法が使われた。この手法では、一度目の調査で捕れたすべての魚に標識をつけて放流し、二度目の調査で捕れた魚の何割に標識がついているかをチェックすることで、湖にいる魚の数を見積もる<参考:記事5、図A>。より正確な推定のため、釣りと張り網の両方で魚を採集し、一度目と二度目で同じ採集方法を用いた場合(「釣り-釣り」と「張り網-張り網」)と、採集方法をかえた場合(「釣り-張り網」と「張り網-釣り」)のそれぞれで集めたデータを元に、湖にいるマスの個体数を推定した。

この調査で2つの興味深い事実が明らかになった。まず、一度目と二度目のどちらも釣りによって採集した場合(「釣り-釣り」)のみ、個体数の推定値が他と大きく違っていた。標識再捕獲法では、「二度の調査で魚の採集効率が等しい」ことを仮定のもとで個体数を推定するのだが、一度目と二度目で釣れやすさが変化していると、推定値に影響が出てしまう。

さらに、推定された個体数をふまえて調査中の釣獲率のデータを見返してみると、湖に残っている魚のおよそ半数が釣り上げられた時点以降、釣り人の釣獲率(具体的には、釣り人一人あたり・一投あたりの釣れる数)が急激に低下していたことがわかった。調査では、釣った魚はすべて、標識をつけて再放流したため、個体数は変化していない。にもかかわらず、釣りを続けると釣獲率が低下した。この時はじめて「釣りを続けると魚がスレる」ことが科学的に確かめられたのである。

いくつもある「スレ」の要因

それでは、なぜ魚が釣れなくなったのであろうか。

魚がスレる理由について、大きく2つの説があることを紹介した。1つは、無警戒の釣れやすい魚が先に釣られてしまい、賢い魚ばかりが残ってなかなか針にかからなくなる、とするMartin仮説<参考:記事1>。もう1つは、釣り人が増えると、繰り返し釣られることで魚の警戒心が強まるため釣れにくくなる、とするBeukemaの学習説であった<参考:記事2>。

実験によれば、両方の説明が当てはまる場合もあるし<参考:記事3>、どちらも当てはまらない場合もある<参考:記事5>。また、魚の空腹度合いなど、その時の状況によって場所や魚が同じでも、釣れ方に違いが出る可能性もある<参考:記事>。

さらに、釣り人側の事情も無視できない。魚が実際にいる場所に仕掛けを投入できるかどうか、という腕の問題もあれば<参考:記事6>、同じ釣り場に他の釣り人がどれだけ来ていたかも釣果を左右しうる<参考:記事8>。

このように、一口に「スレる」と言っても、考えられる要因はさまざま。釣れなかった帰り道、「きっとあそこの魚はスレてたに違いない…」と自分を納得させるのも悔しさを紛らせるひとつの手ではあるが、そこから一歩踏み込んで、「どの要因のせいでスレたのか?」「どうすれば釣れる可能性が高められるか?」と、その日の釣行を次に活かすべく、少し前向きに考えてみてはいかがだろうか。

 大学院生だった頃、自身の研究のために、3ヶ月ものあいだ、来る日も来る日も、釣れない釣りをし続けた経験がある(この時は、生息数のきわめて少ない魚を狙っていたので、スレはあまり関係なかったはずだが…)。

今でも、釣りへ行こうと計画を立てているとふと当時を思い出すこともあるのだが、つい手軽に釣れそうな釣り場情報ばかり探してしまう。そんな自分への戒めも込めて。

――吉田 誠[国立環境研究所 琵琶湖分室、博士(農学)]

参考文献

Waters TF (1960) The development of population estimate procedures in small trout lakes. Transactions of the American Fisheries Society, 89: 287–294.

書いた人

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。
専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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