魚のスレを科学する10 魚の「釣られにくさ」は遺伝する

魚のスレを科学する10 魚の「釣られにくさ」は遺伝する

本連載の以前の記事で、スレの原因の1つとして、同じ魚種の中でも釣られやすい個体と釣られにくい個体がいることを紹介した。釣られやすさに個体差がある場合、長期間にわたって同じエリアで釣りをすると、釣られにくい個体ばかりが生き残る。その結果、魚が居るのに全然針にかからない、という事態、すなわち「スレ」が生じるわけだ。

 そこからもう一歩、思考を進めてみると、ふと疑問が湧いてくる。釣られにくい魚ばかりが残った釣り場は、その後、どうなっていくのだろうか。

 

 

少し、視点を変えてみよう。

 生き物の個体がもつ性質のうち、遺伝子情報によって決まるものの多くは、繁殖を通じて子孫に受け継がれることが知られている。特に、近年の研究により、色や形など、の外見上の特徴以外にだけでなく、行動の傾向や気質の一部など、ある意味内面的な特徴も遺伝することがわかってきた。

では、魚の釣られやすさ釣りやすさ(釣られにくさ)は、親から子に受け継がれるのだろうか。特に、釣られにくい親同士から生まれた子は、親と同じように釣られにくいのだろうか。

本稿では、オオクチバスを4代にわたって選別・交配させ、「釣られやすい家系」「釣られにくい家系」を生み出した、17年間に及ぶ壮大な実験について紹介しよう。

ブラックバスの集団は「スレを受け継ぐ」のか…?

 Philipp et al. (2009) は、1つの集団の中から釣られやすい魚と釣られにくい魚を選び出し、釣られやすい同士・釣られにくい同士で交配させる操作を、3代にわたって繰り返した。

 

選別・交配のサイクルは、以下のように行われた【図A】。

(1) ブラックバスを池に収容して釣りを繰り返し、釣れる度に標識をつけて再放流する。

(2) 2ヶ月の釣り期間を終えたあと、池の水を抜いて全ての魚を集め、4回以上釣られた魚(=釣られやすい魚、High Vulnerability = HV)と、1回も釣られなかった魚(=釣られにくい魚、Low Vulnerability = LV)をそれぞれ選びだす。

(3) 釣られやすい親(HV)同士、または釣られにくい親(LV)同士でオスメスのペアを作って池に放し、生まれた子バスを回収して、釣られやすい家系(以下、HV系統)と釣られにくい家系(以下、LV系統)を別々の池で3-4年育てる。

(4) 十分に育ったHV系統とLV系統の魚を一緒の池に収容し、(1)と同様に釣りをして、4回以上釣られたHV個体(釣られやすい家系の中でも、特にたくさん釣られた魚)と、釣られた回数が1回以下のLV個体(釣られにくい家系の中でも、特に釣られにくかった魚)を選び出す。

※以下、(3)~(4)を繰り返し

 

 

こうして集められた、2代目(子の世代)、3代目(孫世代)、4代目(ひ孫世代)を対象にした釣りデータを元に、各世代の釣られやすさを調べて比較した。

あの人気釣り場の変化は、受け継がれしスレの影響だった!?

 結果は実に明瞭で、釣られやすさが子孫に受け継がれること、特に、釣られにくい個体同士から生まれた子が釣られにくくなることが判明した【図B】。つまり、釣られやすさの個体差に起因する「スレ」の影響は、次の世代まで残る可能性があるということだ。

 

 

 とはいえ、野外の釣り場ではたいてい、外の水域と魚の出入りがある上に、そこにいる「釣られやすい魚」がすべて釣られて居なくなってしまう、ということもまず無いだろう。しかし、10年、20年といったスケールで考えると、徐々に釣りやすさが変化してしまう可能性は十分に考えられる。人気の釣り場で「昔はもっと釣れたはずなんだがなぁ…」と感じることがあるとすれば、こうした理由もあるのかもしれない。

 

釣りも研究も、「どっしり気長に」が大切?

 さて、こうして記事に書いてみると案外あっさりとした話だが、実験の図をあらためて見直してみると、1世代分のデータをとるのに最低4年はかかる実験を4回も繰り返すという、気長で、気の遠くなるような研究だ。小学1年生の夏休みに始めた自由研究の結果が、大学4年生の夏までかかってようやく出る、と考えると、どれだけ長い時間かおわかりいただけるだろうか。

 私自身も研究者として、過ぎゆく季節を感じつつ魚と向き合う日々を送っているが、釣りも、研究も、もっと気長に、もっと辛抱強く、どっしり構えて取り組んでみるべきかもしれない……紙に記された文字をたどって50年前の実験の様子を脳裏に浮かべながら、ふと物思いにとらわれた秋の夜長であった。

 

吉田誠[国立環境研究所琵琶湖分室、博士(農学)]

 

文献情報

Philipp DP, Cooke SJ, Claussen JE, Koppelman JB, Suski CD, Burkett DP (2009) Selection for vulnerability to angling in largemouth bass. Transactions of the American Fisheries Society 138: 189–199.

書いた人

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。
専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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