魚のスレを科学する11 魚の「生まれつきの釣られやすさ」を決めるのは何か

魚のスレを科学する11 魚の「生まれつきの釣られやすさ」を決めるのは何か

 前回の記事では、4世代にわたって釣られにくい魚を選抜して交配させ続けることで「生まれつき釣られにくい系統」を作り出した実験を紹介した。この実験のポイントは、魚の「生まれつきの釣られにくさ(釣られやすさ)」が親から子へと遺伝し、受け継がれるという事実だ。(注:いちど釣られた魚がそれ以降に釣られにくくなるのは、学習によって後天的に身につけた性質であり、遺伝しない。あくまで「もって生まれた」釣られにくさの話である)
 では、先の実験で見つかった「生まれつきの釣られにくさ」とは、具体的にどんな性質なのだろうか。言い換えよう。生まれつき「釣られやすい」魚とは、どのような特徴をもつ魚なのだろうか。

釣られやすさ別に行動を観察

 生まれつき「釣られやすい」魚の特徴とは?その答えの一端は、前回紹介した、17年にもおよぶ交配実験の間に明らかになっていた。研究メンバーのCookeらは、実験に用いていた釣られやすい系統・釣られにくい系統のオオクチバスの行動をじっくりと観察していたのだ。

 彼らが特に注目したのは、繁殖期に巣を守る親の行動だ。オオクチバスのオスは、つがいのメスが巣に卵を産み付けたあとしばらくの間、巣と卵を外敵から守る。その間、胸ビレをぱたぱたと器用に動かして卵に新鮮な水を送ったり、巣に近づく敵を追い払ったりと、巣を中心にさまざまな行動をみせる。こうした動きの度合いを、釣られやすい系統と釣られにくい系統、それぞれのオス同士で比較したのだ。

 結果をみると違いは一目瞭然で、比較した6つの項目すべてで明らかな差があった【図】。

 釣られやすい系統のオスは、巣のすぐ近く(半径1m以内)に長時間とどまり、胸ビレをよく動かして卵に水を送ることも欠かさなかった。また、こまめに方向転換を繰り返しつつ活発に泳いで周囲を警戒し、敵を追い払うときの突進スピードも速かった。

 いっぽう、釣られにくい系統のオスは巣を離れて留守にする時間が長く、たとえ巣の近くにいても、不活発で、敵を追い払うときの突進スピードも大して速くはなかった。

 さらに。

 巣を守るバスのすぐそばにエサのついた針を投げ込んでみると、釣られやすい系統のオスはほぼ一発で針にかかったのに対し、釣られにくい系統のオスは3〜4投目でようやく針に攻撃する、という様子がみられた。

 釣られやすい系統のオスは活発に巣を守り、外敵や異物へも激しく攻撃する。いっぽう、釣られにくい系統のオスは巣を守る傾向が弱く、動きも不活発で、外敵や異物への反応もややにぶい、と解釈できる。

血気盛んなバスほど釣りやすい?

 話はここで終わらない。

 Cookeらは、2つの系統で、巣を守るときの動きの活発さが極端に異なることに注目し、さらに研究を進めた。バスの活発さを決める要因、すなわち生理的なメカニズムはいったい何なのだろうか?

 一般的に、多くの魚では、水温が高いほど体の代謝も盛んになり、動きが活発になる。また、水温が同じ場合、血流量が多い(「血のめぐりがよい」)ほど、やはり動きが活発になることが知られている。

 Cookeらは、手術によってバスの体内に血流計を埋め込み、心拍や血流に違いがあるかを確かめた。すると、釣られやすい系統の魚は、安静時でも心拍数が高く、1分あたりの血流量(心拍出量)も多かった。

 つまり、釣られやすい系統の魚は、釣られにくい系統の魚よりも血のめぐりがよく、活発に動ける性質を持っていたのだ。また、安静時の血流量から、2つの系統の1日あたりの消費エネルギーを計算したところ、釣られやすい系統は釣られにくい魚と比べて、40%も多くのエネルギーを消費することがわかった。

 血のめぐりがよく、活発に泳ぎ回れる分、より多くのエサを必要とする、というわけだ。

生まれつきの釣られやすさは「代謝」がカギ

 以上の話を整理してみよう。

 生まれつき釣られやすい系統の魚は、安静時でも血のめぐりがよく、活発に動ける状態にある。そのぶん消費するエネルギー量も多くなるため、たくさんのエサをとる必要がある。また、繁殖期に巣を守るオスたちを観察すると、巣の近くで活発に体を動かしながら周囲を警戒し、外敵を激しく攻撃していた。

 つまり、今回実験に使った「釣られやすい系統」が生まれつきもっていた「釣られやすさ」の正体は、「安静時の“血のめぐりのよさ”(=代謝の高さ)」という、生まれつきの体質だったのだ。こうした体質をもつ魚は、消費するエネルギー量が多く、エサを追いかける頻度が増えるため、釣られやすくなる。また、巣を守る時期には、巣の近くにきた異物に対して敏感に反応して攻撃するため、釣られやすくなる、ということだ。

 

 魚の生まれつきの体質が、さまざまな行動を通じて、釣られやすさに影響していた、というこの実験結果。個人的には、じつに腑に落ちる説明だと感じられるが、読者のみなさんはいかがだろうか。

 さて、今回は魚の「代謝(“血のめぐり”)」という体質に注目した研究を紹介したが、魚の釣られやすさには当然、それ以外の要因もいろいろと関わっている。

 たとえば、親から子に受け継がれるものとしては、「幼少期の成長速度」「性成熟の早さ」「血液に含まれる成分の組成」といった体質が、魚の釣られやすさと関連しそうだとの報告がある。また、親から子へ遺伝こそしないが、野外で暮らす魚の「釣り針学習」ひとつをとってみても、個体ごとに経験も違えば、学習のしやすさも違う。

 このように、多くの要因が複雑に絡み合い、1匹1匹の「釣られやすさ」が決まってくると言えよう。

 どんなに研究を進めても、魚たちの行動をスパッと一発で説明できる理屈というものは、そうそう見つからないだろう。だからこそ、釣り場で水面を隔てて1本の糸を引き合っている相手、その1匹の魚との出会いが、まさに「一期一会」、かけがえのない一瞬に感じられるのではないだろうか。

 早くも冬の気配が漂いはじめた琵琶湖を眺めつつ、去りゆく釣りの季節に思いを馳せて。

吉田 誠[国立環境研究所 琵琶湖分室・博士(農学)]

文献情報

Cooke SJ, Suski CD, Ostrand KG, Wahl DH, Philipp DP (2007) Physiological and behavioral consequences of long-term artificial selection for vulnerability to recreational angling in a teleost fish. Physiol. Biochem. Zool. 80: 480-490.

※後記
今回とりあげた実験の元ともなった、アメリカ・イリノイ州での17年間にわたる選抜・交配実験の様子とその結果を前回紹介したところ、予想以上に大きな反響があった。
一部、私の説明が不足していた部分もあり、「学習して釣られにくくなった(スレた)魚の子孫も釣れにくくなる」と勘違いさせてしまった方がいたようで、その点は反省の上、今回の記事で多少の補足を試みた。また、Twitterでコメントや質問をいただいた方にはできる限りお返事したつもりだが、漏れてしまっていたらお許しいただきたい。

編集部より:同じ研究でわかった「釣られにくさの遺伝」とは?

魚のスレを科学する10 魚の「釣られにくさ」は遺伝する

書いた人

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。
専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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