魚が賢くなる仕組みー魚にとって釣りと網はどう違う?

魚が賢くなる仕組みー魚にとって釣りと網はどう違う?

魚を長年追い続けている釣り人や漁師から、魚は思ってる以上に賢いぞ、という話を聞くことがしばしばある。気になってさらに訊いてみると、かれらの語る魚の「かしこさ」の指す内容が案外ばらばらだったりする。

「やつらは賢くて同じ仕掛けには二度と食ってこないから、毎回新しい仕掛けやエサを試すんだ」
「かしこい大物になるほど、針にかかると障害物の近くを泳ぎ回って釣り糸を切ろうとする」
「2艘の船ではさむように追い込んでも、毎回同じように網の隙間から逃げちまう。あいつらは賢いよ」
「この辺にいる魚は賢いから、他の場所と同じように網を張ってもだめだ。コツがいる」
などなど…

 どうやら、私たちが考えている以上に魚は「かしこい」らしい。特に、自身をあの手この手で捕まえようとする人間の努力に対して、なにかを学習することで「かしこく」なっていくようだ。魚はいったい何を、どのように学習するのだろうか。


 実は、動物の「学習」の仕組みにはまだわからない部分も多く、今でも盛んに研究が進められている。 今回は、今から50年も前におこなわれた研究ながら、魚の学習について考える上で実に示唆に富んだ実験を紹介しよう。これによると、網にかかった経験と釣り針にかかった経験の学習の仕方は大きく違うのだという。

コイは仕掛けや網をどう学習するか

BeukemaとDeVosは4種類のコイ(野生コイ、養殖コイ、オランダ産・ドイツ産のカガミゴイ)を集めて池で飼育し、3通りの方法(釣り・袋網・地引き網)で捕まえたときに、かれらが仕掛けや網を学習するかどうかを調べた。

捕まえたコイには漁法ごとに違う色のリボン標識をつけてふたたび池に放し、各漁法をいくつかの順番で試したあと、池の水を抜いてすべてのコイを回収した。標識の数と色をもとに、どの種類のコイがどの漁法で何回捕らえられたかを記録した。

では、さっそく順に結果をみてみよう。

(1) 釣りを続けた場合
 2つの池でそれぞれ4日間、6日間の期間を設けて、1日あたり4時間(釣り人4名)の釣りを続けたところ、①時間あたりの釣果は徐々に低下し、②再捕獲される魚は「釣獲率が一定」と仮定した場合よりも少なかった。さらに、「それぞれの魚が釣られるかどうかはランダムに決まる」と仮定した場合の予想と比べると、③1回しか釣られなかった魚の数が予想の2倍とはるかに多く、④2回以上釣られた魚は予想の半分しかいなかった【図1】。


この4つの結果はすべて、コイはたった1回釣られたという「失敗」だけで釣り針を学習し、回避するようになるということを示すと言える。

(2) 地引網をくり返した場合
 地引網でも釣りと似たような結果がみられ、回を重ねるごとに網に入るコイの数は減少した【図2】。


 釣りとのいちばんの違いは、2回以上網に入った魚が予想よりはるかに多かったことだった。

 別の室内観察では、水中で網をうまく回避できたコイはそれ以降、網を見かけるたびに同じ回避行動を繰り返すことが知られている。つまり、コイは網にかかったという「失敗」ではなく、何回も網を引かれるうちに「たまたま網をうまく避けられた」という「成功」から学習し、網にかかりにくくなったと考えられる。

(3) 袋網をくり返し仕掛けた場合
 最後に袋網の結果をみてみると、こちらは学習ではなく、個体差が顕著にみられた。1度も網に入らない個体がたくさんいる一方、特に小型の個体を中心に、何度も繰り返し網に入る個体が多くみられたのだ。

 袋網はちいさな定置網の一種であり、網に沿って泳いでいった結果、いつの間にか外に出られない状態になっている、というタイプの漁具だ。釣りや地引網と違って、コイが積極的に特定の行動(仕掛けに食いつく、網のない方向に逃げる、など)をとらなくても捕まってしまう。

つまり、コイが自身の行動と紐づけて仕掛けを学習する手がかり(きっかけ)が少なく、「ふだんどのような場所を泳ぎ、どうエサを探すか」といった習慣の違いが、個体ごとの捕らえやすさの違いにつながったと考えられる。

失敗から学ぶか、成功から学ぶか

 ちなみに、1度目と2度めで漁法を変えた場合(釣り−地引網、袋網−地引網、袋網−釣りの3パターン)は、どの組み合わせでも学習や個体差の効果ははっきりとはみられなかった。

 釣り針学習は「釣られてしまった」失敗経験からの学び、地引網の回避学習は「見慣れない物をうまく避けた」成功経験からの学びであり、袋網(や定置網)に入るかどうかは行動習慣しだい、と捉え直せば、1つの漁法に対する“回避術”が他の漁法に通用しないのも無理はないだろう。

 釣り針を学習した「かしこい」魚も地引網をうまく避けられるとは限らないし、釣り針や地引網にかからない「とてもかしこい」魚でも、袋網には何度も繰り返し入ってしまうかもしれない、というわけだ。

 このように、私たちが魚の「かしこさ」として捉えるかれらの行動にも、さまざまな見方ができる。それゆえ、釣り人たちの語る魚の「かしこさ」にも、語る人の数だけ、幅があるのかもしれない。

――吉田 誠[国立環境研究所 琵琶湖分室・博士(農学)]

文献情報

Beukema JJ & De Vos GJ (1974) Experimental tests of a basic assumption of the capture-recapture method in pond populations of carp Cyprinus carpio L. Journal of Fish Biology 6: 317–329.

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