エサへの食いつき方が針がかりを左右する―“エサ取り”の科学

エサへの食いつき方が針がかりを左右する―“エサ取り”の科学

 

 みなさんは“エサ取り”に悩まされた経験はあるだろうか。

 釣りを始めたばかりの頃なら、何か魚が釣れればそれだけでうれしい、ということもあるだろう。
しかし釣行を重ね、特定の魚を狙うようになってくると、関係のない魚ばかりエサに寄ってくる状況はあまり喜ばしくないものだ。

 もちろん、エサ取りを避けて狙った魚だけを的確に釣り上げられるよう、色々と工夫を凝らすのも釣りの楽しみの一つにはなりうる。とはいえ、小さな魚たちが一斉にエサに群がってつつき回り、あっと言う間に針が丸坊主にされるのを目の当たりにすると、やはり腹立たしく思えてしまうものだ。

 趣味で竿を出す釣り人ならまだしも、捕った魚を売って暮らす漁師にとってはより切実な問題だ。たとえば、エサのついた大量の針を一度に仕掛けるはえ縄漁では、エサの付け直しはほぼ不可能ゆえ、エサのなくなった針はもはや使い物にならない。

エサに寄ってきた魚を、一度で確実に針がかりさせるにはどうするか――今回は、こうした視点で古くから行われてきた研究の一端を紹介する。

針がかりしやすいタラとしにくいタラ

 北海(North Sea)で操業されているタラのはえ縄漁では、タイセイヨウタラ(Atlantic cod)とコダラ(haddock)の2種が主に漁獲される。

 漁師たちは長年の経験から、この2種ではどうやら針へのかかりやすさが違うようだと感じていたが、そのハッキリした理由はわかっていなかった。そこでLøkkeborgら(1989)は、水深70mの海底付近、底から0.5mのタナに仕掛けたはえ縄のすぐ脇に水中ビデオを設置し、エサに対する2種のタラの行動観察を試みた。

針には大きめのサバの切り身をつけ、魚がエサに食いつく様子がわかるようにしておいて、1匹の魚が近寄り始めてから立ち去るまで、または完全に針がかりするまでの様子をビデオ撮影した。

映像をみると、2種の行動には大きな違いがあった。反応の違いをまとめると、以下のようになる。

 

タイセイヨウタラはあまりエサに見向きしないが、一度食いつけば針がかりしやすい。

いっぽうコダラは、エサによく反応するが、針にかかりにくくエサだけ持っていってしまう。この違いは何で生じているのだろうか。

丸のみ型のタイセイヨウタラ、つつき型のコダラ

エサに食いつく過程を順を追ってみてみよう。

 

 コダラは不完全な食いつきを繰り返し、エサが完全に口の中に入ることが少ないため針がかりしにくい。一方、タイセイヨウタラはエサを丸のみし、その後に咀嚼したり糸を引っぱる途中で針がかりする。

 つまり、今回使った仕掛けはタイセイヨウタラを釣るのにはぴったりだと言える。その代わり、この仕掛けを使うかぎり、コダラは“エサ取り”に相当してしまうというわけだ。

 ちなみに、今回よりエサを小さくし、針先を内側に曲げたネムリバリ(circle hook)を使うことで、コダラの釣果が劇的に増えたという試験報告もある。

 やはり、釣る対象に合わせて、針やエサの大きさをきちんと選ぶべきなのだ――釣り人目線ではまさに当たり前の話だが、魚の生態にぴったり合う仕掛けを準備しないとなかなか釣れない、というのは肝に銘じておきたい話だ。

「いかに釣らないか」も釣りの大事な要素

 エサ釣りをする以上、エサ取りとの戦いはついてまわる。エサ取りの魚たちも、食べるモノが目の前にくれば当然つつきにくるわけで、釣り人が何を狙っているかなど知った話ではなかろう。

その場にいる魚の種類を知り、かれらの行動を観察あるいは推理し、より効果的な仕掛けや釣り方を考える。

「エサ取りをいかに釣らないか」は、「本命の魚をいかに釣るか」と表裏一体だと考えると、新しく見えてくるものがあるかもしれない。

 

 …と、ここまで“エサ取り”について書いてきたが、実は私自身、かれらとの攻防は嫌いではない。

ときどき出かける波止場で、手の中でまんまるにふくれたクサフグに「またお前か」と半ばうんざりしつつ、「もう釣られるなよ」とつぶやいてそっと海に戻す。

その場ではともかく、あとあと思い返してみると、こうした出来事も案外、思い出深く感じられたりもするものだ。

こうして、「良き思い出」とともに、エサ取りとの戦いにまた一つ、黒星が増えていく。

 

――吉田誠[国立環境研究所琵琶湖分室、博士(農学)]

 

文献情報

Løkkeborg S, Bjordal Aº, Ferno: (1989)  Response of cod (Gadus morhua) and haddock (Melanogrammus aeglefinus) to baited hooks in the natural environment.  Can J Fish Aquat Sci 46: 1478–1483.

書いた人

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。
専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。
 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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