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魚のスレを科学する15 魚は釣り針の磁気を認識して回避できるのか?

水中の見えるエサ釣りは、エサに寄ってくる魚の一挙一動がよく見えて楽しい。魚の影が見えると全身にかすかな緊張がみなぎる。魚がエサに近づくにつれて、竿を握る手に力が入る。あと少し。もうひと息。食いつく瞬間を逃さないぞ……。そしていざアワセようと身構えた瞬間、ふいっと方向転換して去っていく魚を見送る時の脱力感。頭の中に思い描いていた、魚との緊迫したファイト、水面に姿を見せた魚のきらめき、手にした魚から感じる躍動……といったイメージは霧消し、残されたのはゆらゆらと揺れる釣りエサだけ。魚の動きをつぶさに見て取れるからこそ、逃した悔しさもまた大きい。

「魚に仕掛けを見切られる」とよく言うが、魚はエサの様子を視覚だけで認識しているとは限らない。エサから漂う匂い物質を嗅覚で感じ、エサの姿を視覚で捉え、側線感覚でエサの動きを振動として感じ取る。そうしてエサに向かって徐々に近づく中で、あるタイミングで何かしらの違和感を感じたとき、食うのをやめて泳ぎ去っていく。しかし、エサに十分に近づき、特に違和感もなくエサに食いつこうとした魚が、食いつく瞬間に弾かれたように身を翻して去っていく姿をみると、それらの感覚とは違う「なにか」を感じ取ったのではないか?とも思えてくる。

以前、当サイトのライター“グンゾー先生”こと川村軍蔵博士が、「魚は釣り針の磁気を認識してスレるのではないか?」という自説を紹介された。一方で、その記事では同時に、「魚が釣り針の磁気を認識できるか」「釣り針の磁気を学習して回避できるか」についてはまったく未検証である、とも書いておられ、あくまでも川村博士の着想のみが綴られていた。

魚は痛みを感じない。「磁気」を感じて釣り針を認識しているという最新説

そこで今回の記事では、「魚が釣り針の磁気を認識して回避できるか?」という問いに迫ろうとした、ある実験を紹介しよう。

魚の磁気感覚と電気感覚

魚は、地球上のあらゆる場所に存在し、南北の方角を知る手がかりとなる「地磁気」、あるいは地磁気によって水中に生じる「電場」を知覚する能力をもつことがわかりつつある。たとえば、サメやエイなどの板鰓類(軟骨魚の仲間)は、口の周りに「ロレンチーニ器官」と呼ばれる電気受容器官を多くもっており、地磁気により生じた電場を知覚して方角を認識している。

すぐれた電気感覚をもつかれらは、磁気だけでなく、水中にいる動物の周囲に発生する微弱な電場(生体電流とも呼ばれる)も鋭敏に感じ取れる。そのため、視覚にたよらずとも相手の位置を正確に把握して噛みつくことができる。実際、サメのエサとなる小魚の発する生体電流と同程度の弱い電流を水中で流すと、金属の電極をエサと間違えてサメが噛みついた、という有名な実験もある。

海水中では、金属製の釣り針の周囲にも、生体電流と同様の微弱な電場が生じる。鋭い電気感覚をもつサメの仲間が釣り針にかかった際、この微弱な電気的刺激と針がかりの経験を結びつけて学習すれば、次からは釣り針の周囲の微弱な電場を感じ取って、釣り針のついたエサを避けるようになると考えられる。ちなみに、磁気(磁場)や電場の大きさは、釣り針との距離の2乗に反比例する(距離が2倍離れると4分の1、10倍で100分の1になる)。

そのため、もしサメが電場を感じ取れるとすれば、釣り針のごく近くに来た瞬間のはずだ。つまり、「エサの匂い・見た目・動きでは問題なさそうと思って近づいてきたが、食いつこうとエサに最接近した瞬間に、釣り針を取り巻く電場に気づいて食いつくのをやめた」と考えると、エサの直前で反転していく魚の動きを説明できるかもしれない。

海洋生物学者のSpaetらはこの点に着目し、「すぐれた電気感覚をもつサメは、金属製の釣り針によって水中に生じる電場を学習・回避できるか?」を実験で確かめることにした。もしこれが確かめられれば、磁気をもつ釣り針(ただの金属製の釣り針よりも強い電場を水中に生じさせる)を学習することも可能なためだ。

サメは釣り針の材質を判別できるか?

Spaetほか (2010) は、インド洋に生息する大型のサメの1種、ニシレモンザメ Negaprion brevirostris 6個体(全長70–80センチ)を飼育下で訓練し、金属製の釣り針とプラスチック製の釣り針を判別できるかを検証した。実験には、ほぼ同じ色・形で材質のみ違う2種類の釣り針を用いた(釣り針がサメの口に刺さらないよう、カエシをつぶし針先も内側に曲げて、引っかかる箇所をなくした)。水槽中で両者の周囲に生じる電場の大きさを計測してみると、金属製の釣り針の周囲にのみ、サメが十分に感知できるだけの電場が生じていた(1m離れた海水中で160 [nV/cm]、サメの感知できる最小値より約40倍も強い)。

実験前半・サメに金属とプラスチックを学習させる

実験の前半では、サメに釣り針の材質を覚えさせるための訓練をおこなった。1回ごとに金属製・プラ製どちらかの釣り針を選んでエサをつけ、サメの前に提示した。そして、金属製の釣り針を使った時だけ、サメがエサに食いつこうとした瞬間にサメの鼻先に太い塩ビ管を勢いよく突き出し、エサに食いつく邪魔をしたのだ。このとき、塩ビ管をサメの鼻先に当てるか、当たらなくともサメを十分に驚かせる効果はあるようにした。この訓練を1セットにつき12回(金属製・プラ製各6回ずつ)とし、1個体あたり約80セット・1000回前後おこなった。これにより、「金属製の釣り針に食いつくとエサを取れず、棒でつつかれる」経験をサメに学習させ、金属製の釣り針を回避して、プラ製の釣り針からエサをとるよう訓練したのだ。

実験後半・サメに釣り針を選ばせる

実験の後半では、十分に訓練された6個体のサメを用いて、今度はエサつきの釣り針を2種類同時に提示してどちらかを選ばせる判別試験をおこなった。試験は1個体あたり10セット・60回前後おこない、1回ごとに、どちらの針が選ばれたかを記録した。なお、試験の最中も訓練時と同様、サメが金属製の釣り針を選んだ場合は、エサに食いつく瞬間に塩ビ管で邪魔をした。

判別試験の結果をみると、6個体中2個体は金属製の釣り針を避け、プラ製の釣り針をより多く選んで食いついたが、残りの4個体では材質の違いによる差は見られなかった【図1】。

さらに、プラ製の釣り針を多く選んだ2個体も、判別試験を続けるにつれて金属製の釣り針をあまり回避しないようになり、プラ製を選ぶ確率は50%前後まで低下した。つまり、個体によっては金属製の釣り針を判別して回避できる可能性もあるが、その場合でも完全に学習が成立したとは言えない結果となった。

(注:なお、狙い通りの結果が出なかったことについて、著者らは論文の中で、「棒でつついて驚かす程度ではサメへの刺激(嫌がらせ)として不十分で、金属製の釣り針を完全に避けるようになるほどの学習効果はなかったのかもしれない」と考察している。)

サメは釣り針そのものを学習した?

ここでひとつ補足しておこう。一連の実験の最中に、サメたちに興味深い行動が観察された。エサを見つけたサメの行動には、一直線にエサに食いつく場合と、エサの直前で急に方向転換をしたり、エサの周りを円を描くように泳ぎ回ったりする場合の大きく2タイプがあった。そして、訓練の最中と比べて、訓練後の判別試験の方が、後者の割合が高くなる傾向があったのだ【図2】。

なお、この傾向は6個体中4個体でのみ見られ、また方向転換・周回行動の起こりやすさと釣り針の材質には関係は無かった。どうやらサメたちは、釣り針の材質の違いではなく、「釣り針のついたエサに食いつくと棒でつつかれるかもしれない」と学習したために、すぐにはエサに飛びつかず、用心深くなったのではないか?と考えられる。

この研究では結局、「サメは釣り針の磁気(により生じる水中の電場)を感じ取り、釣り針を回避できる(=スレる)」ことまでは確かめられなかった。とはいえ、一部の個体は確かに、金属製とプラ製の釣り針を判別できていた可能性があり、その手がかりとなったのはおそらく、釣り針により海水中に生じた電場だろうと推察された。釣り針の磁気やそれにより水中に生じる電場は非常に測定が難しく、今回のように条件を十分にコントロールした室内実験ですら、明瞭に仮説を検証することは難しいようだ。

そこで次回は、今回とはまったく別方向からのアプローチにより、サメだけでなく硬骨魚の仲間(いわゆる“普通の魚”)も対象に含めてこの難問に取り組んだ研究を紹介しよう。

文献情報

Spaet JLY, Kessel ST, Grber SH. (2010) Learned hook avoidance of lemon sharks (Negaprion brevirostris) based on electroreception and shock treatment. Marine Biology Research 6: 399–407.

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。 専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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