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魚の“磁気感覚”を科学する2——コイはどの方角を向いている?

冷え込みの厳しさも増す年の暮れ、川や湖のほとりを散歩していると、水中でじっとしている魚の姿を見かけることが多くなった。

よく見かけるのは大きなコイ。

岸近くの水底で、あるいは少し離れた水面近くにゆらりと浮かぶ姿は遠目にもよく見える。

「寒いからじっとひなたぼっこでもしているんだろうな」と、自分も橋の手すりに身を預け、日の光を浴びながら、しばし眺める。

“師走”の忙しさの合間に、こうした時間もなかなか悪くないものだ。

所変わって、海を越えた東欧諸国でも、ちょうど今頃の時期、人々はコイの姿を目にするようになる。

と言っても、かれらが目にするのは、街の広場に並べられた巨大な円形タンクの中にひしめき合う、丸々と太った食用のコイだ。

クリスマスのご馳走用に買って帰ったコイを、クリスマス当日までの数日間、バスタブにキープしておく家庭も多いらしく、幼少期のそうした思い出もあってか、コイに愛着をもつ人も多いと聞く。

そんな国のひとつ、チェコの各地で開かれていたクリスマスマーケットで、今から約10年前、不思議な光景が繰り広げられていた。

方位磁針とカメラを携え、コイのひしめく巨大タンクを熱心に観察して回る研究者たち。

かれらはいったい何をしていたのだろうか?

回遊しない魚は磁気感覚をもつか?

前回の記事で紹介したように、ふつうの魚(硬骨魚)の中には、地磁気を感じ取って方角を認識し、遠く離れた目的地をめざして回遊するものがいる。

いっぽう、コイのように目立った回遊をしない魚では、磁気感覚をもつメリットはあまり無いのではないか?と考えられていた。

魚たちは、ほんのわずかな物音や振動、動くものの影にも反応して一瞬で物陰に隠れてしまうが、その素早い動きだけを見ても、魚がいったい何に反応したか?を見極めるのは難しい。

まして、目に見えない地磁気の影響を、回遊しない魚の行動から検出できるのだろうか。

動物学者のHartらは、この疑問を解決できる方法を思いついた。

地磁気は地球上のあらゆる場所に存在する。このため、一見何の刺激も受けていないように見える魚も、確実に地磁気の影響下にあるはずだ。

つまり、静かな環境中でただじっとしている魚を観察すると、地磁気の及ぼしている影響がわかるのではないか?

じっとしているコイの頭の向きをひたすら観察

Hartらは、クリスマス市場に並ぶ円形タンクを見て回り、タンクの底でじっとしているコイの写真をタンクの真上からひたすら撮影して回った。

2011年のクリスマス前にチェコの国内25か所で開かれていたクリスマスマーケットを、8人で手分けして7日間にわたり調査し、撮影した写真は817枚、そこに写ったコイの総数はじつに14,537匹にものぼった。

そして、これらのコイがどの方角を向いてじっとしていたかを、1匹ずつ確かめて集計したのである【図1】。

ところで、地磁気の影響を検出するには、地磁気以外の刺激がない静かな状態が必要なはずだった。

クリスマスマーケットは当然、街の中で開かれ、タンクは人通りの多い屋外におかれているため、タンクの中の魚たちは風・光・音・振動といった様々な刺激を受けている。

また、店によってはタンクの水を新鮮に保つため、ホースで水をかけ流しにしていることがあり、その場合にはタンクの中に一定の水流が生じる。

こうした理由から、研究チームはできるだけ風のない日を選んで、人通りの少ない閉店後の時間帯に店を訪れてタンクを撮影するようにした。

また、街灯や照明などの光源の位置と、水入れホースによる水流の有無を毎回記録して、これらの影響がどれだけあったかも合わせて解析した。

水流と地磁気で体の向きを決めるコイ

まず、水流のあるタンクでは、コイは水流のくる方向に頭を向けていた。読者のみなさんにも、たいていの魚が流れの上流に頭を向けてじっとしている、というのは容易に想像がつくだろう。

いっぽう、光源のある方角とコイの頭の向きには明瞭な相関はなく、コイがタンクの中でより明るい/暗い方に集まりやすいといった傾向はみられなかった。

次に、水流のないタンクのみに絞って、コイの頭の向きを集計した結果が下の図だ【図2】。方角が0°、180°、360°の辺りに山があるのが見て取れる。

すなわち、北または南に向いていた個体が多かったということだ。

ちなみに、1つのタンクには平均して20匹前後のコイが入っており、互いに触れ合うほどの詰め込み具合だったため、個々のコイがそれぞれ自由に頭の向きを決めているとは言い切れない。

そこで、タンクごとに、中にいるすべてのコイの「平均方角」を計算してみると、やはり、コイは南北方向に頭を向ける傾向があった【図3】。

どうやらコイはきちんと地磁気を感じ取っており、じっと休むときには、(理由はわからないが)頭を東西方向ではなく、南北のどちらかに向ける習性があるようだ。

私たち釣り人は、釣りの場面ではことさら、魚の行動を単純化して考えがちだ。

コイがじっとしていれば、「とくに刺激もないからぼーっと休んでいるのだな」くらいにしか思わないだろう。

一見、ただゆったりと、何も特別なことをしていないように見えるコイ。

そんなかれらが、実は地磁気を感じ取り、特定の方角に沿うような行動をみせている。

この事実を知ってみると、自然界には(文字通り)私たちの目に見えない世界がまだまだ広がっているのだな、と感じずにはいられない。

……などと、橋の上からコイを眺めながら、頭の中でぐるぐると考えを巡らせて難しい表情をする私をよそに、コイはおもむろに、ゆらりと泳ぎ去っていった。

前回の記事:魚の“磁気感覚”を科学する1──地磁気で方角を知る「磁気コンパス」

文献情報

Hart et al. (2012) Magnetic alignment in carps: Evidence from the Czech Christmas fish market. PLOS ONE, 7: e51100

2017年9月、東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻博士課程修了。同10月より東京大学大気海洋研究所 特任研究員を経て、2018年4月より、国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員。 専門は、動物搭載型の行動記録計(データロガー)を使った魚の遊泳行動に関する力学的な解析と野外での魚の生態研究。 小学生の頃、祖父との海釣りで目にした、海面に躍り出た魚の一瞬のきらめきに魅せられて、魚の研究者を志す。「人と魚の間で繰り広げられる『釣り』という営みを、魚目線で見つめ直してみよう」、そんな視点から、釣り人の皆さんの役に立ちそうな学術研究の成果を紹介していきたい。

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